聖書のみことば
2022年11月
  11月6日 11月13日 11月20日 11月27日  
毎週日曜日の礼拝で語られる説教(聖書の説き明かし)の要旨をUPしています。
*聖書は日本聖書協会発刊「新共同訳聖書」を使用。

「聖書のみことば一覧表」はこちら

■音声でお聞きになる方は

1月13日主日礼拝音声

 権威の源
2022年11月第2主日礼拝 11月13日 
 
宍戸俊介牧師(文責/聴者)

聖書/マルコによる福音書 第11章27〜33節

<27節>一行はまたエルサレムに来た。イエスが神殿の境内を歩いておられると、祭司長、律法学者、長老たちがやって来て、<28節>言った。「何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか。」<29節>イエスは言われた。「では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。<30節>ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい。」<31節>彼らは論じ合った。「『天からのものだ』と言えば、『では、なぜヨハネを信じなかったのか』と言うだろう。<32節>しかし、『人からのものだ』と言えば……。」彼らは群衆が怖かった。皆が、ヨハネは本当に預言者だと思っていたからである。<33節>そこで、彼らはイエスに、「分からない」と答えた。すると、イエスは言われた。「それなら、何の権威でこのようなことをするのか、わたしも言うまい。」

 ただ今、マルコによる福音書1章27節から33節までをご一緒にお聞きしました。27節28節に「一行はまたエルサレムに来た。イエスが神殿の境内を歩いておられると、祭司長、律法学者、長老たちがやって来て、言った。『何の権威で、このようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか』」とあります。
 主イエスが神殿の境内を歩いて行かれます。すると、呼びとめられ咎められたのでした。しかし一体何が問題だったのでしょうか。ここの記事からはハッキリしません。咎めた側の人たちは、「何の権威でこのようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」と言って、主イエスを咎めようとします。
 けれども、今日の記事からは、取り立てて主イエスが何かをなさっていたようには聞こえてきません。主イエスがこの時なさっていたのは「神殿の境内を歩く」ということでした。しかし、まさかそのことを咎められるはずはありません。神殿の境内を歩いてならないのだとしたら、神殿詣での巡礼自体が成り立たなくなってしまいます。主イエスは、生いたちの血筋で言えばユダヤ人の成人男性ですから、神殿境内の大抵の場所に立ち入ることが許されています。もっとも、祭司だけが立ち入りを許される祭司の庭と、その奥に立つ聖所の建物には立ち入ることができませんが、もしもそういうことで咎められているのであれば、主イエスを咎めた側の人たちも同じ違反をしていることになります。主イエスを咎めた人たちのうち、祭司長たち以外の律法学者や長老たちも、祭司の庭への立ち入りは許されていないのです。

 ひょっとすると、主イエスはこの日の行いを咎められているのではなくて、その前日に神殿境内で行ったことについて咎められているのでしょうか。即ち前の日に、異邦人の庭で犠牲の動物の商いをしていたり、神殿に納めるための特別な貨幣に両替を行っていた商人や両替人たちを庭の外に押し出して、いわゆる「宮清め」をなさったことについて咎められているのでしょうか。そういうことであれば、一応の合点は行きます。しかしやはり腑に落ちない点もあります。
 もしも前日に主イエスが行った宮清めの行いを咎められているのだとしたら、これは、神殿の当局者の側からすれば、主イエスがとんだ乱暴な行いに及んで浪籍を働いたことになりますから、悠長に咎めたりするのではなく、主イエスを逮捕するのが相応しくはないでしょうか。この日はどうやら、宮清めを主イエスがなさった日の翌日のようですから、前日、主イエスによって境内から追い出された商人や両替人たちは、再び境内に戻って、いつも通りの商いをしていたことでしょう。それらの商人たちの前に主イエスを連れて行って、前日の大太刀回りの犯人はこの人であるかと尋ねれば、ほぼ間違いなく、主イエスが前日の騒ぎの主謀者であるという証言は得られた筈です。ところが祭司長たちや律法学者たち、長老たちは、主イエスの身柄を取り抑えるという、最も根本となる筈のことをしていません。これは一体どうしてでしょうか。

 もしかすると、主イエスをこの時、逮捕しづらいような訳でもあったのでしょうか。
 マタイによる福音書やルカによる福音書といった、少し後の時代に書かれた福音書では、この時、主イエスがただ神殿の境内を歩いていたのではなくて、おそらく異邦人の庭と思われますが、神殿の境内で、集まってきた人々を教え、福音を語り聞かせていたと説明されています。
 たとえばルカによる福音書20章1節には、「ある日、イエスが神殿の境内で民衆に教え、福音を告げ知らせておられると、祭司長や律法学者たちが、長老たちと一緒に近づいて来て、言った。『我々に言いなさい。何の権威でこのようなことをしているのか。その権威を与えたのはだれか』」とあります。こういう聖書の記事を読みますと、どうもこの時、主イエスはお独りでいらしたのではなくて、弟子たちや群衆たちの間に立って、神の事柄を語っておられたらしい印象を受けます。主イエスの周りには大勢の群衆がいました。仮に、その間に分け入って、主イエスに手荒なことをして身柄を捕らえようとした場合、主の言葉に耳を傾けている人々がどのように行動するか、主イエスを捕らえたい側の人たちにとっては先の展開が読めないようなところがあります。もしもこのことがきっかけとなり、民の間に暴動でも起ころうものなら、エルサレム神殿境内の様子は常にローマの警備隊によって見張られていますから、祭司長たち、律法学者や長老たちも、その場にいたとして責任を問われかねません。彼らはいずれも、最高法院の議員たちだったと思われるのですが、そういう晴れがましい地位を暴動によって失うことにもなりかねません。それを思えば、群衆に囲まれている主に手を下すことには、二の足を踏むようなところが出てくるのです。

 結局、本心はともかく上辺は穏便な仕方で、主に尋ねるということになります。「あなたは、何の権威でこのようなことをしているのか。だれが、そうする権威を与えたのか」。咎める者たちがこのように尋ねたのは、主イエスのことを正式なラビとは思っていなかったことの表れです。当時、ラビと呼ばれた律法学者たちは、いずれも高名な先生について旧約の律法を学び、その先生の口頭試験にパスをして正式なラビとして認められるようになっていました。人々に聖書を教え、神の事柄を教えるのには、そういうある種の免許皆伝のような制度がありました。そして、そのような先輩のラビによって認めてもらわなければ、それは、いわば潜りのラビであり、偽り者として、神殿境内で公に教えることはできなかったのです。咎める人々は、その点を衝きます。主イエスに人々を教えて良いと権威を与えたのは一体誰なのか。そのような権威を、誰が主イエスに認めたのかを尋ねます。問う側とすれば、この問いで主イエスを追い詰め、窮地に立たせることができると考えて、こう尋ねているのです。「イエスは決して名のある学者の許で学んだ筈はない。イエスがユダヤ教の律法学者、ラビのどの系統に連なる人物であるかを尋ねて追及していけば、必ず尻尾を出し、化けの皮をはぐことができるに違いない」と考え、尋ねたものと思われます。

 ところで、このように問うことで主イエスの正体を暴露し追いつめることができるという考えには、もしかすると、尋ねている当人たちも気づいていなかったかも知れないのですが、ある一つのハッキリとした前提がありました。それは、「神の事柄を人間に宣べ伝えたり、神の御言を人々に説き明かしたりする権威は、一つの伝統によって持ち運ばれ、人間のつながりによって、金のバケツをリレーするように人から人へと受け継がれていくべきものだ」という考え方です。先輩のラビたちから聖書の教えを学び、それを身につけた者だけが神の事柄について教える資格を持つようになるということは、人間の間の一つの伝統によって御言が受け継がれ、説き明かされていくということに他なりません。確かに神は、預言者をお遣わしになり、人間の口の言葉によって、御自身の御心を人々に伝えられる場合があります。ですから、人間を通して神の御言が語られ、御心が伝えられるということを否定することはできません。
 けれども、神がある一つながりの人間の伝統を通してしか御言を語ったり、御業をなさったりしないのだと考えるとすれば、それは神の自由な働きを狭めてしまうことにならないでしょうか。たとえば、まさに今日私たちが聞いているこの場面などがそうです。
 確かに神は御自身の神殿をエルサレムに建てて下さり、これまでは、この神殿の礼拝を通して御自身の民を受け容れて下さり、共に生きて下さることを表してくださいました。旧約の民イスラエルの歴史を神が導き、持ち運んで人々に伴って下さったことは、旧約聖書を紐解く時、明らかになります。
 しかし神は尚、その旧約の歴史に加えて、御自身が確かに人間を生かそうとしておられることの確かさを告げ知らせるために、独り子である主イエスをこの世に生まれさせ、御業を行って下さっているのではないでしょうか。主イエスが救い主として、今、エルサレムにおいでになり、神の御心に従って十字架と復活という神の御業を行い、神の慈しみの御心が、死すべき者たちにも及ぶことを伝えようとして下さいます。主イエスはそのための完全な犠牲として御自身をささげるために、今、この神殿の境内に来ておられるのです。
 これは、従来の神殿でささげられていた動物の犠牲による礼拝の伝統に従うことではありません。動物の犠牲は、それをささげる人間がささげます。一方、キリストの犠牲は、人間ではなくて、神の側の決断に従って、主イエス御自身がささげられるのです。
 主イエスの御業によって、新しい神の御言が語りかけられます。それは、律法を完全に行う人だけが神の御心に従う者として受け容れられるのではなく、たとえ自分では完全に律法を行えない人でも、神がそんな人のために備えて下さった御子キリストの犠牲が完全であると信じ、キリストによって罪を赦された人として生きるなら、「神はその人と共に歩んで下さる。決してお見捨てにはならない」という約束です。この主イエスによる新しい約束は、旧約の時代には、どこにも語られていなかったことなのです。

 祭司長たちや律法学者、長老たちの「何の権威でこのようなことをしているのか」という問いに、もしまっすぐに答えるとすれば、それは「神御自身の御心に従って、このようなことをしている。主イエスに権威を与えているのは、父なる神御自身だ」ということになるでしょう。
 ところが主イエスは、そのように問われたことにまっすぐにお答えになる代わりに、一つの質問=逆質問をもってお答えになりました。29節30節です。「イエスは言われた。『では、一つ尋ねるから、それに答えなさい。そうしたら、何の権威でこのようなことをするのか、あなたたちに言おう。ヨハネの洗礼は天からのものだったか、それとも、人からのものだったか。答えなさい』」。主イエスは、問われた問いにまっすぐ答える代わりに、洗礼者ヨハネについての問いを、祭司長たち、律法学者、長老たちに問いかけます。どうしてでしょうか。ヨハネのことを引き合いに出して、相手を煙に巻こうとしているのではありません。
 ヨハネも主イエスと似たところがあるのです。即ち、ヨハネは従来からの神殿の礼拝に終わりが近いことを感じて、悔い改めを宣べ伝えた人物だからです。マルコによる福音書には、他の福音書の中で語られているような、ヨハネの言葉がいろいろと記されている訳ではありません。けれども、ヨハネの活動は、罪の赦しを人々に得させるため洗礼を受けるように勧めるものであったことが、1章4節に出てきます。ヨハネという人物も、神殿礼拝をしてささげ物をささげる営みの終わりが近いことを人々に伝えた人物であり、従来の律法学者たちを通して語られていた事柄とは違う内容を人々に教えたのでした。主イエスはそのヨハネを引き合いに出して、「ヨハネが人々に語って聞かせた事柄は、一体誰からのものだと思うか」をお尋ねになるのです。
 もしも綿々と続く律法学者のつながりを通してしか神がお語りにならないのであれば、ヨハネはそういうつながりの外にいて語る人ですから、ヨハネの語った事柄は神からの語りかけではなく、人からのものだということになります。ヨハネの教えた事柄についてどう思うかを答えることは、神が律法学者のつながり以外の手段でもお語りになることを信じるか信じないを答えることにもなります。

 そして更に言えば、実は、ヨハネが語った事柄が神の言葉であり、ヨハネを通して神がお語りになったのだと信じる人は、それによって、主イエスが救い主として神殿の境内でお語りになり御業をなさっておられることを信じるようになるのです。どうしてかというと、既にヨハネが主イエスのことを指し示しながら、預言の言葉を語っていたからです。ヨハネの口を通して、神が御言を聞かせて下さったと信じた人は、そのヨハネの語った事柄も、神のおっしゃっていることだと受け止めることになります。
 ヨハネは語っていました。マルコによる福音書1章7節8節に、「彼はこう宣べ伝えた。『わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしはかがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる』」とあります。ヨハネはすでに、人々の前で語っているのです。自分の後から来られる方こそが本当の救い主であり、その方と比べたら、自分はこの方の履物のひもを解く値打ちもない者でしかないと言います。当時、家の主人の履物のひもを解くのは家の僕である奴隷の役目でした。ヨハネは、「救い主の前で自分は奴隷にもしてもらえない程の者にすぎない。自分とは雲泥の差のある本当の救い主が自分の後からおいでになる」と、人々に告げ知らせていました。
 このヨハネの言葉をどのように受け止めるのかを、主イエスはお尋ねになったのです。もし、ヨハネを通して語られたことが神の御言であるのなら、ヨハネが告げ知らせた救い主の訪れを信じることができ、喜んで迎えることになるでしょう。しかしヨハネの言葉が、ヨハネ自身の語る人間の言葉でしかないと思うなら、ヨハネの後から来られる救い主の事柄も、とんだホラ話に過ぎないことになります。
 主イエスは、形の上ではヨハネの言葉をどのように受け止めるかを尋ねておられるようでありながら、実際には、主イエスを咎めにきた人たちに救い主を迎える用意があるかどうかをお尋ねになったのでした。もしも彼らが、ヨハネの語った事柄を神の御言として受け止めるなら、そこで語られている主イエス御自身のことも、神の許からおいでになった方としてお迎えすることができたに違いないのです。

 ところが実際には、主イエスから逆質問された人々は、そこで尋ねられ事柄を自分への問いとしては聞かなかったのです。ヨハネの語ってくれた事柄を神の語りかけだと思うか思わないかと、自分自身の受け止めを考えるよりも先に、返事をした先のことを考えます。ヨハネの話が神の語りかけだと答えることも、ヨハネ自身の人間の言葉だと答えることも、どちらも不都合な点があると考えて、主イエスの問いかけにまともに向き合おうとしませんでした。「わからない」というのが彼らの答えでした。
 これは、「考えてみたけれども、分からない」ということではありません。そうではなくて、主イエスの問いかけに正面から向き合おうとしない結果、こういう答えになっています。
 このことは、彼らにとっては、本当に残念なことだったと思います。もし主イエスの問いかけにまっすぐに答えて、「ヨハネの言葉は神様」からの語りかけであったかも知れない。残念ながら、あの時、自分たちはヨハネの言葉を軽く聞き流してしまったけれども、後から思うと、神さまがヨハネを通して自分に語って下さっていた可能性もあり得る」と認めることができていたなら、彼らは救い主が自分たちの許にやって来ておられることを信じることができるチャンスがあったのでした。しかし残念ながら、実際には彼らは主イエスの問いかけに向き合うことなく、救い主と出会えるチャンスに自分から背を向けてしまったのです。

 今日の箇所からは、なお聞こえてくることがあります。主イエスは、御自身が実際に神の御許から来られた方でありながら、「何の権威によって人々を教え、また御業をなさるのか」を尋ねられた時に、まっすぐ、「それは神御自身の権威によることだ」とはお答えになりませんでした。それはどうしてでしょうか。
 主イエスが神の許からおいでになった方であられるということは、主イエス御自身がそう言い張るような事柄ではなくて、私たち人間の側がそのことを本当に信じて受け入れるべき事柄だからではないでしょうか。
 仮に私たちが信じないとしても、「主イエスは神の独り子であられる」という事実は何も変わりません。私たちが認めようが認めまいが、事実として主イエスは、「神の独り子」です。主イエスがこの世においでになったのは、私たちが主イエスのことを神の御子であり、救い主であると信じるようになるためです。そのことに人間が気づく時まで、主イエスは辛抱強くお待ちになります。

 主イエスは、私たちにも尋ねて下さいます。「では、あなたはわたしを何者だと言うのか。あなたにとって、このわたしは何者なのか」とお尋ねになります。
 主イエスはこの問いを、御自身の十字架を指し示しながらお尋ねになるのです。「ご覧なさい。わたしは十字架に架かった。このわたしを、あなたは何者だと言うのか」と尋ねて下さいます。
 十字架によって、私たちの罪が完全に清算される犠牲の小羊がささげられています。そのことを信じ、主イエスの赦しによって新しい命を生きて良い者とされていることを知り、ここから歩み出したいのです。

このページのトップへ 愛宕町教会トップページへ