ただ今、ルカによる福音書9章37節から45節までを、ご一緒にお聞きしました。37節に「翌日、一同が山を下りると、大勢の群衆がイエスを出迎えた」とあります。「翌日」と言われていますが、これは主イエスが徹夜で祈りを捧げられた、その翌日という意味です。主イエスが夜を徹して真剣に祈っておられると、そこにモーセとエリヤが現れ、主イエスがこれからエルサレムで遂げようとしている最期について語り合ったという不思議な出来事が、今日の箇所の直前に語られていました。主イエスはモーセとエリヤとの語らいを通して、これから為そうとしている十字架の死が決して犬死ではなく、水の中を通って命へと出ていくような出来事であり、また御自身は天に上げられ、大勢の人たちも救いに入れられるという出来事なのだということを確信させられ、顔が明るく輝いたのでした。その翌日ということです。
主イエスの様子が変わり、顔を輝かせておられるのを見たペトロは、その晩、山の上のこの場所に仮水屋を3つ建てましょうと提案しましたが、どうやらそれは実行に移されなかったようです。もしぺトロの提案通りにその場所に仮小屋を築こうとしていたならば、主イエスと弟子たちは決して翌日に山を下りることはできなかったでしょう。主イエスは、山の上で御自身の名前が覚えられるよりも、はるかに大事なことがあるのを御存知でした。山を下りた場所で、すなわちこの世界のただ中で、多くの災いや嘆きや救いを求める人間の状況があることを承知しておられました。それで、夜が明けるとすぐに山を下りて来られたのです。
主イエスが祈りのために山に登っておられたのは、どれくらいの時だったでしょうか。28節を見ると、主イエスがペトロ、ヨハネ、ヤコブを連れて祈るため山に登られたと言われているだけで、正確な時刻は記されていません。けれども、主イエスが熱心に祈られ、モーセとエリヤと語り合っておられた時、ペトロたちはひどく眠かったと言われていますので、主イエスの祈りは夜更けのことだったと分かります。ですから、主イエスが山の上にいらっしゃったのは、一晩であったろうことが伺い知れます。
たった一晩、主イエスがおられなかっただけですが、その間に麓では大きな騒ぎが起きていました。主イエスが山から下りて来られた時に、その事が明らかになります。38節から40節に「そのとき、一人の男が群衆の中から大声で言った。『先生、どうかわたしの子を見てやってください。一人息子です。悪霊が取りつくと、この子は突然叫びだします。悪霊はこの子にけいれんを起こさせて泡を吹かせ、さんざん苦しめて、なかなか離れません。この霊を追い出してくださるようにお弟子たちに頼みましたが、できませんでした。』」とあります。主イエスは山の上におられた時、山の麓で起こっていたこの事態を既に知っておられたのでしょうか。山の麓でこのような騒動が持ち上がっていることを御存知だったので、急いで山から下りて来られたのでしょうか。それについては、よく分かりません。御存知であったかも知れないし、あるいは山を下りて来たところで初めて、留守中に弟子たちが子どもを癒そうとして上手くいかなかったことを耳になさったのかも知れません。主イエスがこのことを御存知だったのか知らなかったのかは分かりませんが、しかし一つだけはっきりしていることがあります。それは、主イエスがまさしく、このような状況のただ中に信仰による救いをもたらすために下って来られたのだ、ということです。
シモン・ペトロが山の上で不思議な光景を見て、すっかり感激し、この場所に仮小屋を3つ建てましょうと語った時、主イエスはその考えには賛成なさらずに山を下りられました。山の上でペトロたちが束の間見ることをゆるされたのは、救い主メシアとしての主イエスの栄光のお姿です。それは、他のどんなメシアたちとも違う、まさしく救い主である主イエスの本来の栄光のお姿でした。まことのメシアと言えば主イエスのことだと私たちは考えますが、当時は、メシアとか社会の恩人とか呼ばれる人たちは、主イエスの他にも大勢いました。旧約聖書以来のイスラエルの歴史の中では歴代の王たちや祭司たち、また預言者たちが油を注がれて、メシアという名前で呼ばれました。当時の人々はメシアという言葉を聞くと、王や祭司や預言者たちの晴れがましい姿を思い浮かべました。しかし主イエスは、そのように美しく、きらびやかに装われて人々の前に現れるようなメシアではありませんでした。主イエスは、王や祭司や預言者たちが成し遂げることできなかったこと、即ち、神から離れてしまった人間たちを神の御前へと導いて神の憐れみと慈しみを知るようにさせる、恵みの御業を果たすために油を注がれた特別なメシアです。主イエスがなさるメシアとしての働きは他のメシアとは違って、「飼い葉桶の中に生まれ、十字架への低い道を辿ることによって」果たされてゆきます。十字架に向かう道のりは、人間的に言えば多くの人が嫌悪を憶え、苦難と辛さと悲しみばかりを見出しそうな道のりですが、そのような道を歩んで、主イエスの救い主としての御業は果たされてゆきます。そして、そのような道のりを辿ってくださるメシアであるからこそ、この救い主は、私たちの傍らにまで下って来てくださるのです。
主イエスが山を下られたのは、主が御自身の栄光を楽しむような救い主ではなく、混乱した世界とその中を生きる人々の阿鼻叫喚のただ中にやって来て、そこに神の温かな光を灯してくださる救い主でいらっしゃるからです。そういう救い主として、主イエスは山から下って来られました。
果たして麓で繰り広げられていたのは、神の力も慰めも、どこにも見出すことができずに右往左往している、この世界の現実でした。今日の箇所では、一人の父親が「一人息子が悪霊に翻弄されている」と主イエスに訴えています。この場の様子を見てみますと、この状況の中で翻弄されているのは、息子だけではありません。父親も息子の病が治らない中で途方に暮れていますし、癒しを頼まれた弟子たちも癒すことができず、また集っている群衆もどうすることもできずに途方に暮れています。この時この場にいたすべての者たちが悪霊に弄ばれ、途方に暮れる状況に置かれていました。
取り巻いている群衆の中には、不謹慎にも、このような事態を無責任に眺めて面白がっているような輩もいたかも知れません。けれどもそれは、この父親と一人息子に重くのしかかっている災いが自分には一切関わりがないと、たかを括って面白がっている姿に過ぎません。この世にあっては、「他人の不幸は蜜のように甘い」という諺があります。本人には辛く痛ましい出来事であっても、その影響が自分に及ぶことがないと思い込んでいる他人にとっては、ワクワクするドラマのように感じられるということでしょう。山の麓では、そんな救いのない光景が繰り広げられていました。
そしてこの騒ぎは、主イエス・キリストが子どもの前にお立ちになる時まで続きます。子どもが主イエスの許に連れて来られる途中でも、悪霊はその子を投げ倒したり、引きつけさせてけいれんさせていたことが、42節に語られているのです。
ところが主イエスがこの汚れた霊の前にお立ちになり、一喝すると、悪霊はにわかに力を失いました。42節に「その子が来る途中でも、悪霊は投げ倒し、引きつけさせた。イエスは汚れた霊を叱り、子供をいやして父親にお返しになった」。一体なぜ、悪霊はこんなにも素直に主イエスの御命令に従ったのでしょうか。私たちはこのことをあまり深く考えないかも知れません。主イエスだからできたのだということで満足しているかも知れません。しかし、まさにこれは、主イエスが十字架に掛かるメシアだから起こったことなのです。主イエスは十字架にお掛かりになり、苦しんで亡くなられます。その死に向かう道のりにおいて、主イエスは誰よりも辱しめられ、孤独になられ、また苦しまれました。主イエスが他の誰よりも孤独になられ苦しまれたということは、逆に私たち人間の側から申しますと、たとえ私たちがどのように傷つき、痛み、淋しさや辛さを憶えるような場合にも、その時、その道中に主イエスが共に立っていてくださるということになります。私たちがどれほど孤独を憶え、得体の知れない力によって翻弄され苦しめられるとしても、その場にも主イエスが共にいてくださいます。そして御自身の温かな光で、どうしようもなく傷つき弱っている私たちのことも覆い包んでくださるのです。そうなると悪霊は、もはや私たち人間に手出しすることができずに立ち去る他なくなってしまうのです。
クリスマスによく読まれるヨハネによる福音書の最初に、主イエスが光に喩えられる言葉があります。「光は闇の中で輝いている」、続けて新共同訳聖書では「暗闇は光を理解しなかった」、口語訳や聖書協会共同訳では「闇は光に勝たなかった」と書いてあります。真の光が訪れるところでは、暗闇はもはや自分たちの支配を誇っていることはできなくなるのです。主イエスの真に温かな栄光が差し込んで来るところでは、私たちを覆っている様々な悪霊の働きは退かざるを得ません。主イエスがここで、そういう不思議な御業をなさったその時、それに立ち会うことになった人々は皆、神の力の偉大さを知って心を打たれたのだと43節に言われています。「人々は皆、神の偉大さに心を打たれた」。
ここに起こっている出来事を理解するために、この「神の偉大さ」という言葉に注目したいのです。ここには「偉大さ」と訳されていますが、この言葉は使徒言行録19章27節では、「神様のご威光」と訳されています。「神の偉大さに心を打たれた」というのは、別に訳すならば「神さまのご威光に照らされて非常に驚いた」ということなのです。
そしてこの時、主イエスによって、混乱した状況にある人間を照らした神のご威光というのは、まさしく、山の上でペトロたちが目撃した主イエスの栄光のお姿から発している光です。ペトロ自身が、後にこの山上での出来事について手紙の中で語っています。ペトロの手紙二1章16節から18節に「わたしたちの主イエス・キリストの力に満ちた来臨を知らせるのに、わたしたちは巧みな作り話を用いたわけではありません。わたしたちは、キリストの威光を目撃したのです。荘厳な栄光の中から、『これはわたしの愛する子。わたしの心に適う者』というような声があって、主イエスは父である神から誉れと栄光をお受けになりました。わたしたちは、聖なる山にイエスといたとき、天から響いてきたこの声を聞いたのです」とあります。ここでペトロが述べているのは、山の上で主イエスが栄光のお姿になられた時の回想です。あの山の上で、自分たちはキリストの威光を目撃したとペトロは言うのですが、この「威光」という言葉も今日の箇所で「偉大さ」と訳されているのと同じ言葉なのです。山の上でペトロが仮小屋を建てましょうと言った時、彼が目にしたのは、主イエスの救い主としての威光です。人間的に見れば、飼い葉桶から十字架へと向かう貧しい歩みにしか見えないけれど、しかしその歩みは神の御前には真に尊い救い主の御業であるということがモーセやエリヤによって言い表され明らかにされ、それは死に向かう出来事ではなく命に向かって歩んでいく道のりなのだということを示されて、主イエスは喜んで歩んでいかれます。御言を悟って確かにされて歩んでいく時には。そこに神の栄光が現されるのです。ペトロが山の上で目撃したのは、そのような神のご威光でした。
そして、その温かな光に照らされてゆく中で、今まで悪霊の支配に翻弄されていた一人息子が癒されて正気に戻っていくのです。人々が驚いたのは、そういう神の御業と慈しみの光に照らされて子どもが癒されるという出来事でしたが、それは、主イエスが十字架の救い主メシアであるからこそ起きていることなのです。
その証拠に、主イエスは、子どもの癒しを目撃して驚いている人々に、御自身がこれから十字架の受難に向かう務めを帯びていることを、はっきりとお伝えになります。43節後半から44節にかけて、「イエスがなさったすべてのことに、皆が驚いていると、イエスは弟子たちに言われた。『この言葉をよく耳に入れておきなさい。人の子は人々の手に引き渡されようとしている』」とあります。明らかに主イエスは、この日の癒しの出来事を、十字架に掛かられるメシアの業として行ったのだとおっしゃっておられます。
主イエスがおっしゃるだけではありません。主イエスはこの日、一人の父親と一人息子を悪と罪の支配から解き放って救ってくださり、この2人がここからもう一度、新しい生活を生きることをお許しになりました。38節の言葉からは、悪霊の支配から解放され癒された子どもは一人息子であったことが分かりますけれども、この子どもが一人息子と言われていることの裏側には、こういう救いの御業をなさるために、独り子を十字架にお掛けになり、どんな人より苦しんで亡くなるという現実を耐え忍ばれる、もう一人の父がいらっしゃるということが語られています。神は、私たち人間の罪と過ちの破れをすべて御自身の側に引き取って独り子の上に負わせられ、そしてその独り子を厳しく処罰し、苦しめ、命まで取ることによって、私たちの人間の罪の一切を十字架の上で清算してくださいました。主イエス・キリストを通して私たちの世界の上に輝いている光というのは、そういう神の光なのです。「あなたの過ち、罪、失敗は、すべてわたしが引き受ける。だからあなたはそれを信じて、今からは、赦された新しい者として生きることができる」、そういう温かな光が十字架の上からこの世界の上に、私たちの上に降り注いでいるのです。
主イエスは、御自分の業が決して犬死するようなことではなく、命につながる神の御業であることを山の上で御言葉を確認しながら示され、大いに喜ばれました。そして、そういう主として山の麓へ下りて来られ、苦しんでいる父親と一人息子を救いへと導かれました。ここにいる私たち一人一人も、同じ主イエスの御光の下に照らされています。
私たちは、立派に生きられてはいないかも知れません。失敗や悔いが多く、また、不当な扱いを受けて悩んだり苦しんだりすることがあるかも知れませんが、しかし私たちはここから、神の温かな光に照らされている者として、感謝と誇りを持って生きていくことが許されています。「あなたはわたしのものだ。あなたの罪をわたしが赦しているから、あなたはここから新しく生きて良いのだ」という言葉が、十字架の主イエス・キリストを通して私たちの上に語りかけられています。
主によって罪を贖われ、清められ、新しい者にされていることを信じて、神のなさりようを賛美し、私たち自身の身をもって神への感謝と喜びを味わいつつ、それぞれの人生を歩む者とされたいと願います。お祈りを捧げましょう。 |