聖書のみことば
2025年12月
  12月7日 12月14日 12月21日 12月28日  
毎週日曜日の礼拝で語られる説教(聖書の説き明かし)の要旨をUPしています。
*聖書は日本聖書協会発刊「新共同訳聖書」を使用。

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12月21日主日礼拝音声

 降誕
2025年クリスマス主日礼拝 12月21日 
 
宍戸俊介牧師(文責/聴者)

聖書/ルカによる福音書 第2章8〜20節

<8節>その地方で羊飼いたちが野宿をしながら、夜通し羊の群れの番をしていた。<9節>すると、主の天使が近づき、主の栄光が周りを照らしたので、彼らは非常に恐れた。<10節>天使は言った。「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる。<11節>今日ダビデの町で、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。<12節>あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」<13節>すると、突然、この天使に天の大軍が加わり、神を賛美して言った。<14節>「いと高きところには栄光、神にあれ、/地には平和、御心に適う人にあれ。」<15節>天使たちが離れて天に去ったとき、羊飼いたちは、「さあ、ベツレヘムへ行こう。主が知らせてくださったその出来事を見ようではないか」と話し合った。<16節>そして急いで行って、マリアとヨセフ、また飼い葉桶に寝かせてある乳飲み子を探し当てた。<17節>その光景を見て、羊飼いたちは、この幼子について天使が話してくれたことを人々に知らせた。<18節>聞いた者は皆、羊飼いたちの話を不思議に思った。<19節>しかし、マリアはこれらの出来事をすべて心に納めて、思い巡らしていた。<20節>羊飼いたちは、見聞きしたことがすべて天使の話したとおりだったので、神をあがめ、賛美しながら帰って行った。

 ただ今、ルカによる福音書2章8節から20節までをご一緒にお聞きしました。12節に「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである」とあります。この知らせに導かれて、羊飼いたちは、その知らされたとおりの光景に出会わされます。彼らが見せられたのは「飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」でした。それ以外の何物でもありません。この乳飲み子の先祖であるダビデ王やソロモン王がまとっていたような王者の風格も輝きもここにはありません。それなのに、羊飼いたちは平伏してこの乳飲み子を拝みました。彼らだけではありません。それから2000年以上もの間、この羊飼いたちと同じように世界中のキリスト者もまた繰り返し、この飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子の誕生を喜び、伏し拝んできています。
 考えてみると不思議なことではないでしょうか。この乳飲み子には、他の赤ん坊と比べてどのように変わったところがあるのでしょうか。クリスマスに当たり、その点について幾つかのことを考えてみたいのです。

 まず、この乳飲み子には、どこにも自分の故郷と呼べるものがありませんでした。この乳飲み子はベツレヘムに生まれましたが、ベツレヘムの住民になった訳ではありません。当時、大掛かりな人口調査が行われていて、それに登録するため、両親のヨセフとマリアは先祖の土地であるベツレヘムに戻って来ていました。ところが、この乳飲み子が生まれた時には、その登録はすでに終わっていました。そのため乳飲み子イエスの名前は、どの名簿にも記録されないままとなります。この乳飲み子は、生まれつき故郷を持たない人となりました。やがて、国籍を持たない者、地上のどの国にも属さない者として地上を放浪し、さまようように生きてゆきます。「狐には穴があり、空の鳥には巣がある。だが人の子には枕するところもない」と言いながら、ただ神によってだけ憶えられている一人の方として生きて行かれたのでした。
 地上の放浪者などと聞かされてしまうと、私たちは何ともいえない心細さ、寄る辺なさを感じて不安になるかも知れません。けれども、この乳飲み子は神に憶えられ、守られ支えられています。そのため、いつも平安でした。この乳飲み子、主イエスはやがて成長して、山に登り、弟子たちを教えて言われました。マタイによる福音書5章3節4節、7節に「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。悲しむ人々は、幸いである、その人たちは慰められる…。憐れみ深い人々は幸いである、その人たちは憐れみを受ける」とあります。主イエスの言葉は多くの人の心に届きます。主イエスが特定の民族性や地域性に根ざして語るのではなくて、ただ生きて働かれる神だけを頼みとしてお語りになるからです。この点は、他の宗教と全く違うところです。
 例えば、日本古来の宗教であると主張する神道は、日本以外の国ではまったく受け入れられません。仏教はそれよりも少し広がりがありますが、ブッダは古代インドの釈迦族の出身であり、アジア中心に受け入れられています。ムハンマドはアラビア人で、イスラム教もアラブ的な生活感覚を持つ人々の間で信仰されます。他の宗教はいずれも、その宗教が生まれてきた歴史的風土の性格を色濃く反映していて、その生活感覚の中でだけ通用します。
 ところが、主イエスの言葉は違うのです。相手の生活を見てその考えに合うように話すのではなく、ただ神によって支えられている者としてお語りになるからです。神だけを頼みとしているので、神が働いてくださる時には、どんな国の人であれ、その言葉に耳を傾ける人の心に届くのです。主イエスの言葉を聞いた人は、その人の暮らしている文化や社会に関係なく、そこに語られている事柄をよく理解します。
 例えば、今の時代にもはやサマリア人はいません。サマリアの人と言われて具本的な姿を思い描くことはできないでしょう。でも、主イエスが「よきサマリア人のたとえ話」を話されると、隣人となって生きることの大切さが語られていると誰もがよく理解します。また、今日の甲府で羊を家の中で飼っている人は恐らくいないと思われます。それでも私たちは、99匹の羊と1匹の羊の話を聞くと、神がどんなに真剣に私たちのことを御覧になっているかということを理解するのではないでしょうか。私たちだけではありません。どこの国の人でも、主イエスの語る話は理解できるのです。世界中で、です。

 しかし、どうしてでしょうか。それは、主イエスが、神からそれこそ全世界の人々に対して遣わされている方だからです。10節で、クリスマスの天使は「恐れるな。わたしは、民全体に与えられる大きな喜びを告げる」と告げ知らせています。主イエスは民全体のため、即ち世界中の人のために誕生しています。決して特定の地域や特定の民族、特定の国民、特定の社会階層の人々のためにおいでになったのではありません。そしてそのことは、いつの間にか次第にそうなって行ったのではありません。生まれて来たその最初の時から、主イエスは民全体のため、世界中の人たちによい知らせである福音をもたらす方です。主イエスが携えて来てくださり、神の御心に従うことで果たしてくださった福音によって、新しい命を生きる生活へと、世界中の人が招かれています。ここにいる私たちも、そういう生活を歩んでよいことへと招かれています。
 ですから、私たちは「飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」が横たえられているその暗い家畜小屋に目を向けながら、ここから永遠の光がほとばしり出ている、その光に照らされ、この世界全体が新しくされていることを知って良いのです。

 ところでもう一つ、2番目のことを考えたいと思います。12節に「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう」とあります。私たちのため、福音を携え永遠の光で照らすために生まれてきた乳飲み子は、布にくるまって、飼い葉桶の中に寝かされています。何ともわびしい光景ではないでしょうか。飼い葉桶の中に柔らかな藁や干し草がぎっしりと敷き詰められていたなどとは言われていません。後に歌う讃美歌107番の3節では、「こがねのゆりかご」や「にしきのうぶき」といった贅沢な光景は無かったと歌われていますが、それでも「わびしき干し草が馬ぶねに散らされていた」と歌われています。しかし実際にはその干し草さえないままに、両親が精一杯準備することのできた一枚の布にくるまった状態で、乳飲み子が飼い葉桶の中に横たえられているのです。牛やロバが足で蹴ってひっくり返すことがないように、頑丈に作られ、壁か柵にしっかりと固定されたゴツゴツした飼い葉桶です。この乳飲み子はそういう大変に厳しい状況の下に生まれさせられています。
 そして、その厳しさは生涯の終わりまで続きます。まさに「枕するところもない」生涯を過ごした後、この乳飲み子はやがて十字架に掛けられて亡くなります。その時、十字架のたもとには、縫い目のない一枚の布でできた上着が残されました。それだけがこの乳飲み子の遺品となりました。そして、その一枚残された布を、ローマの兵隊たちがくじを引いて役得としたのでした。およそ地上の富や豊かさという点で、この方は、その生涯を通して何の関わりもありませんでした。放浪生活を送る中で、何度も食べるものがない日を過ごしました。この方の弟子たちは空腹に耐えかねて、ある安息日に麦畑の中を通った時、手を伸ばして畑の端に生えている麦の穂を摘み、中の実をもみ出して食べた程でした。しかしそれほど厳しい生活を送っても、この方は一言も不平を言いませんでした。却って弟子たちに向かって、「自分の命のことで何を食べようか、何を飲もうかと、また自分の体のことで何と着ようかと思い悩むな...明日のことまで思い悩むな」と教えられました。口でそうおっしゃっただけでなく、実際に御自身もその教えたとおりに生きてゆかれました。本当に貧しく、しかしそれゆえに地上の富には少しも心を向けることなく、ひたすら神に信頼して生きてゆかれました。神に完全に信頼すればこそ、「あなたがたは、神と富とに仕えることはできない」と語り、また、せっかく御言葉を聞いても途中で人生の思い煩いや富や快楽に覆い塞がれて実らない種の話をなさいました。

 けれども、その徹底した貧しい生活は、この方が地上の御生涯を過ごす中で、敢えてそのような道を自ら選び取った貧しさというのではありません。そうではなくて、それは生まれながらのものでした。この方の生涯は最初から、神によってだけ支えられる生涯でした。そのために、この方はこともなげに、まるで当たり前のことを言っているようにおっしゃいました。「烏のことを考えてみなさい。種も蒔かず刈り入れもせず、納屋も倉も持たない。だが神は烏を養ってくださる。あなたがたは、鳥よりもどれほど価値があることか…野原の花がどのように育つかを考えてみなさい。働きもせず紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は野にあって明日は炉に投げ込まれる草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことである」。このような主イエスの言葉は、人生の暗い状況や苦しい日々の中に置かれている人たちにとって、どんなに励ましとなり、慰めとなり、生きる勇気を与えたことでしょうか。「布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子」からは、まさに永遠の光が輝き出ているのです。

 そして最後にもう一つ、3番目のことがあります。ここには、生まれたばかりの乳飲み子が布にくるまれただけで飼い葉桶の中に寝かされています。そして、この状況は敢えてこの乳飲み子に関わりを持とうとしないこの世の中で生じています。6節7節に「ところが彼らがベツレヘムにいるうちに、マリアは月が満ちて、初めての子を産み、布にくるんで飼い葉桶に寝かせた。宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」とあります。ヨセフとマリアの泊まっていた宿に、その晩、母となる女性、また生まれてくる乳飲み子のために家畜小屋よりも適切な場所が、あるいは部屋が本当になかったのかどうか、それは分かりません。衆人環視の状況ではお産はできないでしょうし、前の日までは部屋に泊まっていても、この晩だけは家畜小屋に移って出産の時を迎えたのかも知れません。しかし、事情がどのようであったとしても、この乳飲み子が誕生した時、そこに宿の人が居合わせたということは何も書かれていません。おそらく家畜小屋で起きている出来事について、うすうす感じ取り、そのことを宿屋の主人に知らせた女性たちはいたでしょうし、その噂はすぐに宿の人の間に伝わったに違いありません。それでも、そのような女性の誰一人、お産の手伝いを申し出ている人はいません。男性はなおさらです。宿屋でのお産など歓迎されないのです。誰も、この誕生の出来事に関わろうとしません。銘々が自分のことで手一杯なのです。
 そういう事情の下、この乳飲み子は誕生しています。そしてそのような事情は、この乳飲み子が死ぬ時まで、同じように続きます。私たちすべての者のために神のもとから福音を携えて来てくださった方が、その行く先々でこの世から冷たくあしらわれるというのは、普通ならばとても考えられない、驚くような成り行きです。ですが、実情はまさにそのようでした。

 今年のアドヴェントでは、先週までヨハネによる福音書のクリスマスの出来事を礼拝の中で聞いてきましたけれども、あの福音書の最初にも、こう言われていました。「言は、自分の民のところへ来たが、民は受け入れなかった」。まさにこの事情が、この乳飲み子の死に際しても観察されます。死に直面した時、その十字架の下では、多くの者がひとつ心になって、この人物を葬り去れという声が合わされました。この方に最初に死の宣告を下したエルサレムの最高法院がそうでした。そして、つい数日前には「ホサナ、ホサナ」と言って喜んで出迎えたばかりの群衆がそうでした。その群衆は、今は「十字架につけろ」と言って叫んでいます。弟子たちもこの方を見捨てて逃げ去りました。そしてローマ総督ピラトは、そのように周りの人から完全に見限られ見捨てられた方に、十字架刑の執行を命じます。このお方は、すべての人に見放され見捨てられ、ゴルゴタの丘に立てられた十字架の上で死んでゆきます。
 しかし、そうなってしまったのは、この方が敢えてこの世に対して争いを起こすようなことを言ったり行ったりしたためではありません。そうではなくて、この方は元々、そういう方としてお生まれになっているのです。

 私たち人間は、神の清らかさの前には、到底立つことができません。時に私たちは、自分にもどこかに取り柄があると思って、神に認めてもらおうとしがちです。自分は心の底では善意の持ち主であって、世の中の他の人が皆このわたしと同じようになってくれたら、この世は何とすばらしい世界になるかと主張したがります。しかし神は、そんな私たちの心の中を御覧になります。そしてそこに、決して私たちが自分で思うような清い者たちでない姿を御覧になります。
 思いやりというものがまるで見当たらないようなベツレヘムへの家畜家屋、そして、ゴルゴタの丘に立てられた十字架、この2つの場面の間に大きなアーチがかけられたようになっています。この乳飲み子が最初から置かれていた冷酷で厳しい状況は、その生涯の終わりに至っても何も変わりません。
 ところが、そこに今、思いがけないことが起こります。そんなふうに酷い仕打ちを受けている方が、およそ思いやりに欠けているこの世を恨むことも呪うこともしないで、却ってこの世を庇って、おっしゃるのです。ルカによる福音書23章34節に「そのとき、イエスは言われた。『父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです』」とあります。そして、十字架の上でこの乳飲み子が最後にささげた祈りが、イースターの朝、父なる神によって確かに聞き届けられます。最後の最後に、罪の赦しが起こります。十字架の上での主イエスの苦しみと死は、思いやりを持たず隣人への配慮に欠け、いつも自分本位にしか物事を思わず愛の薄い、そのような私たちすべての人間の罪を御自身の側に引き取って、身代わりとなって神の罰と怒りを引き受けてくださる「贖いの死」だったのでした。そして主イエスが、その贖いの死を遂げてくださったことによって、神は私たちすべての者の罪を赦し、大きく、広く、限りない赦しを与えてくださいました。

 クリスマスの乳飲み子の誕生は、ベツレヘムからゴルゴタへと向かってゆく長い道のりの始めです。しかしベツレヘムからゴルゴタに掛かっているアーチは、決して一方通行ではありません。逆にゴルゴタの丘で主イエスが祈ってくださった、その祈りの温かな光がベツレヘムの家畜小屋の飼い葉桶の中からほとばしり出ています。そしてその永遠の光は、世界とそこに生きる人たちを、明るく強く、温かく照らし出します。

 ベツレヘムの羊飼いたちは立ち上がり、暗い中を出かけて行きます。羊飼いたちはこの日、捜し出すべきものを知らされ、それを見い出して大いに喜びます。私たちもまた、クリスマスの日に捜し求めるべきものを見い出して、羊飼いたちのように、喜びのうちに置かれる者とされたいと願います。お祈りをささげましょう。
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