聖書／ヨハネによる福音書　第1章6〜13節

　ただいま、ヨハネによる福音書1章6節から13節までをご一緒にお聞きしました。6節に「神から遣わされた一人の人がいた。その名はヨハネである」とあります。
　新約聖書に4つある福音書にはいずれも、それぞれの書き出しに洗礼者ヨハネのことが述べられています。一番古いとされているマルコによる福音書には、「神の子イエス・キリストの福音のはじめ」とまず述べられた後に、その神の子には先ぶれの使者がいたのだというイザヤ書の予言の言葉を紹介した上で、その予言の通りに洗礼者ヨハネが荒野に現れ、ヨルダン川で人々に洗礼を授けていたと始まっています。今日聞いているヨハネによる福音書でも、救い主である方がどういうお方かを語ろうとする言葉の賛歌と言われる歌がまず歌われている、その途中で、その賛歌を中断するようにして、ヨハネのことが語られています。

　ヨハネの一生を考えるならば、途中でガリラヤの領主であるヘロデ・アンティパスに捕らえられて首を斬られて亡くなり、その後はほとんど触れられなくなります。けれども、そうであるだけに、どうして4つの福音書の始まりにヨハネが取り上げられるのか、ヨハネが重んじられて登場することが不思議な感じです。
　洗礼者ヨハネの描き方、ヨハネの果たしている役割は、注意深く読みますと4つの福音書で重点が少しずつ違っていますが、今朝読んでいるヨハネによる福音書に限って言うならば、「人の姿を取って生きるようになった、神の御言葉である主イエスの上に輝いた光を指し示す、主イエスの中に宿っていた命の光を指し示す預言者である」と言って良いと思います。7節8節にそう語られているからです。「彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである。彼は光ではなく、光について証しをするために来た」。
　ヨハネは「光について証をする者として来た」と言われていますから、この福音書でヨハネが重んじられるのは、ヨハネという人物個人が大事だと言われているのではなく、ヨハネに委ねられていた働き、主イエスに宿っていた命の光を証しする者として重んじられているということになるだろうと思います。

　ヨハネが証しをした主イエスの光について、先週聞いた1章4節には「言の内に命があった。命は人間を照らす光であった」とありますから、主イエスの輝きの秘密、その根底には、「主イエスは言（ことば）である」ということがあるのです。この「言」は神の言葉です。私たち人間の言葉とは違います。神は言葉によってすべてのものをお造りになった、と先週聞きました。人間の言葉は口先から出てしまえば、もうすぐに虚しくなっていくようなところがあります。人の言葉は、聞く人に拒絶されたり、あるいは相手によって打ち消される場合もあります。聞きたくない人の言葉には耳を塞ぎます。ですから人間が普段、言葉によって取り決めをする、それが重要なものの場合には、ただ言葉によってではなく書面を取り交わすということがあります。間違いなくその言葉が書き留められ、各々署名をして契約書を作ります。この世に契約書があるのは、裏返しに言うならば、人間の語る言葉がどんなに虚しいものでしかないかということを語っているようなところがあります。

　ところが、神の言葉は違います。神が「光あれ」とおっしゃれば光が生まれます。そして、神の御言葉は確かにずっとそこにあり、神がおっしゃった通りにこの世界を支え続けていくのです。例えば、神が「光あれ」とおっしゃって、創造の一日目にはその光がこの世界を明るく照らしていたけれど、時間の経過と共にその光が弱まり闇に戻るなどということはないのです。「光が造られ、夕があり朝があった」、というように時間が生まれて一日一日が刻まれるようになり、今日に至るまで、光はずっと私たちを照らし続けています。神の御言葉は私たちの世界の上にずっと留まっていて、私たちを廻り照らすように働き、光を支えているのです。

　私たちはいつの間にか、神がそのようにお造りになった世界に住むことが当たり前になり、朝明るくなり夜暗くなることが、「自然界の法則である」と言ってしまいがちです。けれども、聖書はそれに対して「神の言葉が一切のものを造り保ってくださっているのだ」と語りかけています。神の言葉はこの世界に留まり続け、真実に神の御心を現し続けています。神の御言葉は万物を造ります。ですから、神の御言葉には命があるのです。
　神の御言葉は、すべてのものを御心のままにお造りになることができます。私たちキリスト者が今こうしてキリスト者として命を与えられ生きている、そして主の日には教会に来て礼拝するということも、実は、神が私たちそれぞれにそうなることを望んでくださって、キリストとの出会いを与え、信じて生きるように語りかけてくださった結果なのです。
　私たちは、自分がどうして教会に来るのか、どうしてキリスト者なのか、振り返ってみれば分かると思います。どの一人も、ひとりでに自分でキリスト者になれたという人はいないはずです。最初は誰かから「教会があるよ」と語りかけられているに違いありません。手引きしてくれた相手は、人それぞれです。家族や友人、恩師など、いろいろな人が手引きをしてくれますが、私たちは例外なく、言葉によって招かれて来ているのです。中には、人によってではなく文学を通してという方もいるかもしれませんが、文学であっても、そこには「読む人がキリストに出会えますように」との筆者の祈りがあるに違いありません。私たちは言葉に導かれて教会に来るようになり、キリスト者とされ、今、生かされているのです。
　そういう言葉の働きの大元は、神の御言葉が私たちの上に語られているというところに行き着きます。神が私たちを招いてくださり、「あなたはわたしのものとして生きるのだよ」と呼びかけてくださっている、その御言葉に従って私たちは教会へと導かれ、キリストへと導かれ、信じる者とされているのです。
　神は人間一人一人を、命を与えてこの世に送り出したけれども、その後はほったらかしにして無責任に放置なさるのではありません。造られた一人一人が生きていけるように様々に配慮してくださり、一人一人の人生を支えてくださいます。いろいろな人との出会いも与えられますし、その中で私たちを助けてくれる人、育ててくれる人、また私たちの中にも生きようとする活力を神が与えてくださって、私たちは自分の人生を生きるようにされているのです。それは皆、神が御言葉によって造ってくださり、造り主である神の愛の贈り物として私たちに与えられている出会いであり、私たち自身なのです。

　神は、毎日必要なものを与え、今日まで私たちを生かしてくださっていますが、そういう中でも特に、神が愛をはっきり示そうとして、決定的な御言葉をこの世界に送ってくださり、人の姿を取らせてくださった、それが主イエス・キリストです。ヨハネによる福音書は、その「生きている御言葉」のことを、この最初のところで語っています。主イエス・キリストというお方が完全に神の愛の御心を現すお方として、私たちへの慈しみ、神の愛の深さや配慮の大きさを現すお方として、この世にお生まれくださいました。
　洗礼者ヨハネは、そういう方が来ておられることを、いち早く気づいて、「この方こそ神のもとから来られた、神の独り子なのだ」と証しました。ですから、福音書の最初に特別に名前が出て来るのです。ヨハネはいち早く主イエスを指し示すという役割を与えられたために、4つの福音書すべてに、その最初の方に名前が出て来るのです。
　ヨハネが実際に主イエスについて証しをしている言葉は、ヨハネによる福音書では1章34節に出て来ます。32節から34節に「そしてヨハネは証しした。『わたしは、“霊”が鳩のように天から降って、この方の上にとどまるのを見た。わたしはこの方を知らなかった。しかし、水で洗礼を授けるためにわたしをお遣わしになった方が、「“霊”が降って、ある人にとどまるのを見たら、その人が、聖霊によって洗礼を授ける人である」とわたしに言われた。わたしはそれを見た。だから、この方こそ神の子であると証ししたのである』」とあります。「この方こそ神の子である」と、初めて主イエスを証したのが洗礼者ヨハネでした。

　「この方こそ、神の子である。救い主であり、命を与え新しい人をお造りになる方、聖霊によってバプテスマをお与えになる方である」と、ヨハネは証ししました。ヨハネに与えられた務めは大変光栄な務めですが、どうしてヨハネはこのように証しできたのでしょうか。ヨハネ自身が賢かったとか学者だったとかいう理由ではありません。ヨハネ自身もまた、「あなたは光の証し人としての務めを果たすのだよ」と、御言葉によって宣言されていました。7節に「彼は証しをするために来た。光について証しをするため、また、すべての人が彼によって信じるようになるためである」とあります。

　さて、7節には二つのことが語られています。ヨハネは、「光について証しをする」、「すべての人が彼によって信じるようになる」、そういう証し人だと言われています。まず「光について」とは、先ほど申しました。次の「すべての人が彼によって信じるようになる」という言葉は、少し言い過ぎではないでしょうか。確かにヨハネは、一番最初の証し人です。ヨハネが主イエスを「神の子である」と言ったのは、主イエスが公の伝道活動に入られる前のことですから、主イエスの弟子たちはまだ主のもとに集まっていません。ペトロもヨハネもヤコブも、主イエスの直弟子はまだ主イエスに出会っていませんから、洗礼者ヨハネが最初に主イエスのことを気づいたということは確かです。
　けれども、ただヨハネが「この方は神の子だ」と言ったから、すべての人が主イエスを信じるようになったかというと、聖書にはそうは書いていないように思います。そもそも一人の人間に過ぎず、また若くして首を斬られて亡くなってしまうヨハネが、世界中のすべての人に出会って証しをすることは、それ自体無理なことでしょう。どんな人であれ、すべての人と出会うことはできません。不可能なことです。
　ではどうして、聖書はここで「洗礼者ヨハネによってすべての人が信じるようになる」と言っているのでしょうか。

　先ほど申しましたように、洗礼者ヨハネがなぜ重く用いられているのかというと、ヨハネの人格や業績ということではなく、ヨハネは「光について証しをする者である」という務めを与えられていたからに他なりません。そうであれば、ヨハネの語った証し、「主イエスは光、救い主、神さまの独り子である」という証し自体は、ヨハネが亡くなった後も、この世界に留まり続けているのです。ヨハネ自身は世界中の人に出会ったわけではありませんが、ヨハネが語った証しというのは、ヨハネの死後もこの世に留まり続け、すべての人に出会うように、今も働いているのです。その最初の言葉がヨハネの口から出ているので、「すべての人が彼によって信じるようになる」と言われているのだと思います。
　ヨハネの証しが真実であることは、ヨハネ自身が雄弁に語り人々を説得したからではなく、ヨハネの語ったことが本当に真実なことで、いつの時代にも誰に対しても語られる事柄だからです。
　ヨハネが指し示した光について、9節に「その光は、まことの光で、世に来てすべての人を照らすのである」と言われています。ヨハネの証しによってすべての人が信仰に導かれるのは、「ヨハネが証ししたお方、光が、命の光であり、すべての人を照らしてくださる」ということがあるためです。

　けれども、そうだとすれば、また問題になることが出て来ます。ヨハネが指し示したお方、その方は一体どんな意味で「命の力に溢れ、光である」のでしょうか。まさにそのことが問題でしょう。主イエスのことは「世の光である」と、よく言われます。そう言われて、私たちは何となく聞いていますが、実は腑に落ちないのではないでしょうか。
　一体どうして主イエスは、すべての人を照らすことができるのでしょうか。私たちは何となく、主イエスが私たちを照らしてくださっているということがどこかで分かっているような気がしますし、本当には分かっていないのかもしれないと思ったりします。それで、主イエスは光について、どうおっしゃっているでしょうか。主イエス自身の言葉によって、私たちはこのことを考えてみたいと思います。
　主イエスはかつて、弟子たちに教えられました。マタイによる福音書6章22節23節、「体のともし火は目である。目が澄んでいれば、あなたの全身が明るいが、濁っていれば、全身が暗い。だから、あなたの中にある光が消えれば、その暗さはどれほどであろう」と主イエスは言われました。
　「体のともし火は目である」と、主イエスは目の良し悪しを問題になさっています。もちろんこれは、人間の肉眼の話ではありません。たとえ肉眼が不自由でも、本当に見るべきものを見ている人というのは、この世に大勢いらっしゃいます。私たちが「何に思いを向けて、どちらに向かって生きていくのか」ということを、主イエスはここでおっしゃっています。「わたしがあなたと共にいてあげよう。あなたの魂にわたしが飛び込んであげよう。あなたがそのことを受け止めるならば、あなたは内側から明るくなる」と、主イエスは言われます。
　どんな人でも分け隔てすることなく、「わたしはあなたの中に住んであげよう。そうすれば、あなたは内面を照らされ、自分が明るくなり、自分がどういう者であるかが次第にはっきりと分かるようになる。あなたが一体何に信頼を置いているのか、何を希望として歩んでいるのか。あなたがどんな愛を必要とし、どんな愛を生きようとしているのか。何に傷つき、何から逃げ、何が本当の悩みなのか。何を恐れ、どのように罪を抱え、神さまに向かってどうありたいのか」。主イエスが私たちの中にやって来て、住んでくださる。そして御言葉によって私たちを照らしてくださるときに、私たちは、自分自身がどういうものであるか気づかされ、そして次第に神の方に向きを変えるようにされていくのです。
　平に言ってしまえば、「主イエスに比べて自分は罪深い」ということでしょうが、その分かり方は、一人一人、いつも同じということではないだろうと思います。私たちは自分自身のことを考え、そして主イエスの言葉によって自分が照らされるという経験をさせられていくのだろうと思います。

　ですから、今日の12節に「しかし、言は、自分を受け入れた人、その名を信じる人々には神の子となる資格を与えた」と語られています。主イエスご自身が言葉であられ、私たちを招き、私たちの中に住んでくださろうとして御言葉をかけてくださるのです。私たちは毎週礼拝を捧げる中で、この御言葉であるお方の前に集まり、肉眼で姿を見ることは出来ませんが、確かにこの方の御言葉を聞かされ、慰められたり勇気づけられたり、あるいは襟を正されたりしながら自分自身の姿を教えられ、そして自分が歩んで行くべき人生へと送り出されていきます。このお方はそのようにして、私たちの歩む道を照らし、私たち自身の姿も、私たち自身の内側に留まって照らしてくださるのです。